渡辺明『ミニマリストプログラム序説』 第7章古代日本語のWH移動

7.1 万葉集の疑問文
主張:万葉集の時代には英語と似た形でのWH移動が存在していたが、平安時代にいたり、これが消失する。

(4) 門立てて 戸もさしたるを いずくにか 妹が入り来て 夢に見えつる
  下の句の解釈:あなたはどこから入ってきて夢に姿を見せたのか。

上代日本語では、「妹」の意味は、妹、姉、いとしい人の意味。なお、現代のように「うと」がついた読みではない。
小学館『日本語語源大辞典』妹の項目 古くは男性の側から姉妹をよぶ語で、姉をも呼んだ

万葉集の語順:(7) 主題 焦点 主語 … 述部

7.2 古事記の疑問文
古事記のWH疑問文で主語が「之」でマークされているものはない。
古事記の疑問文で主語に「者」が付いていないもの
(11) 「〜はいかに」、「者」を補読する 主題―疑問詞の語順 ?例
(12), (13), (14)     9例

 (12)の5例、「之」を補読、疑問詞−「が」の語順
 (13)はいずれも主語−疑問詞の語順。補読なし。
  (13a)従属節かもしれない、(13b)コピュラ文。
  (14)の2例は「者」を補読、主題−疑問詞の語順

古事記の疑問文で、主語が「者」でマークされているもの。16例(例が(19)である)。うち14例はコピュラ文。例外の一例は等位構造。

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(5)b. 鶴がねの 今朝鳴くなへに 雁がねは いづくさしてか 雲隠るらむ
「〜なへに」は「〜するちょうどその時に」の意味で、奈良時代のみに用いられていた接続助詞だそうです。口語訳としては、つぎのような感じでしょうか。
今朝鶴の鳴き声がしているが、昨夕鳴いていた雁たちは、どこへ向かって、雲間に隠れてしまっているのだろうか。
「いづくさしてか」が「隠れる」の項(移動の着点)だという解釈で引用したものと思われますが、「て」を含んでいるので(金水論文で「か」の起源とされた)注釈・挿入句的に用いられているようにも見えますね。

(22)寒き夜すらを 我よりも 貧しき人の 父母は
  飢え寒(こご)ゆらむ 妻子(めこ)どもは 吟(によ)び泣くらむ
  此の時は 如何にしつつか 汝(な)が世は渡る
  口語訳:
   こんな寒い夜には、私よりももっと貧しい人の親は
   飢えてこごえ、その妻子は力のない声で泣くことになろうが、
   こういう時には、どうやってお前は生計を立てていくのか。

「(22)は、目的語が主題化されているが、WH句より低い位置に来てしまっている(74ページ最下行)」ということで、憶良の文法上のミスとされている例です。つまり「汝が世を渡る」の「世(暮らし・生計の意)」が主題化されているのに、「世は 如何にしつつか 汝が渡る」となっていない、ということです。

 なお、先日議論に出たように、「汝が」の「が」は主格でなく所有格と取ることも可能だと思います。もし主格だとしたら「汝は世を渡る」と「が」の方を主題化する方が自然ですし……。

 いずれにしても、“正しい”語順は以下のようになるのですが、どちらも七五調のリズムが崩れてしまうので、表現上はありえない選択肢だと思います。
 《主格の場合》 世は 如何にしつつか 汝が渡る
 《所有格の場合》汝が世は 如何にしつつか 渡る
 韻律を優先した結果なので、必ずしもミスと言うべきではないように思います。