S. -Y. Kuroda, On the Syntax of Old Japanese

3. Old Japanese

3.1 Sentence types and kakari musubi
独立文では、動詞は終止形、連体形、已然形のいずれかを取る。標準的には終止形であるが、係り結びにおいては動詞は連体形や已然形を取る。

3.2 Case marking
3.2.1 Bare DPs as case marked subjects and objects by agreement
bare DPが主語・目的語となり得た事実は、日本語の歴史を通して不変である。従って帰無仮説としては、日本語はその歴史を通して主語・目的語はbare DPで具現したと立てられよう。

3.2.2 ga Marked subjects
上代語においては、ガ格は終止形用言とは共起せず、主要な用法は体言修飾用法で連体形の動詞と共起する。さらに、現代語とは異なり、ガ格はノ格と同じく属格であった。

3.2.2.1 ga marked subjects adn the non-finiteness assumption
英語においても、不定形(動名詞)は属格主語を取る。
(16) Hypothesis OJ-1. Finite and non-finite clauses
[a] Clauses whose predicates are in the syuusi form are finite
[b] Clauses whose predicates are in the rentai form are non-finite

(16)の仮定と、上代日本語がForced Agreement languageであることと合わせると(ちなみに現代語はNon-forced Agreement languageであり、Agreementによる抽象格の付与が起きなくても良い、起きない場合は形態格(-ga, -o)によって格が付与される)、(17)が得られる。

(17) [i] A bare DP can be the subject of a clause with a syuusi predicate.
[ii] A bare DP cannot be the subject of a clause with a rentai predicate.
[iii] A ga/no marked DP cannnot be the subject of a clause with a syuushi predicate.
[iv] A ga/no marked DP can be the subject of a clause with a rentai predicate.

これらのうち、[i], [iii], [iv]は議論の対象にならないと見なし、[ii]を取り上げる。

事実としては、
i. 終止文では主語は無助詞である。
ii.「が・の」でマークされた主語は終止文には現れない。
iii. 「が・の」でマークされた主語は連体文に現れる。
である。

「が・の」が属格を表す用法があったこと、そして連体形の動詞は非定形であることを仮定すると、Force Agreement Hypothesisから
I. 終止文の主語は無助詞になる。
II. (連体文で無助詞主語が使われないことは示せない)
III. 連体文では「が・の」が必須である。
上代語の終止形文で、主題名詞から「は」が落ちるかどうかは難しい問題である。この点も、Iの言い換えである「無助詞名詞は終止文の主語になれる」でカバーできる。iiiとIIIは異なる。連体文で「が・の」脱落が起きないことはカバーできないので、検証が必要。黒田論文ではこの点の検証はしていない(というか、ないことの証明はできない)。理論的にどのようにlicenseされうるかのみを扱っている。

3.2.2.2 Bare subjects in rentai clauses are topics
野村論文(渡辺論文にて引用)で指摘された事実−bare DPがカ句に先行する例が30ある。
渡辺のconjecture−このbare DPは主題で、助詞が落ちたものではないか。黒田は、このconjectureが正しいことを証明する。

(18) Hypothesis OJ-2.
  Bare subjects in rentai sentences are topics.
(19) 助詞のついた主題がカ句に先行する例

帰無仮説として、連体文の主語は助詞が脱落しても良い、と仮定しよう。そして証明したい仮説は、(20)である。

(20) Hypothesis OJ-2'.
No relative clause has a bare subject.

証拠
(21) 関係節において、動詞が他動詞である場合は、その主語はga/noで必ずマークされる。(なお、主語は空であっても良い)
(22) 関係節において、動詞が自動詞である場合は、その第一の項は助詞が脱落しても良いし、ga/noでマークされてもよい。

(22)の事実は、仮説(20)にとって問題である。
(24) [i] 自動詞の関係節で、主語につく助詞の脱落を決める要因は何か?

[ii] 自動詞の関係節で、bare DPを認可するメカニズムは?
[i]は、さらなる事実調査が必要である。

[ii]をここで取り上げる。解決法は、このbare DPが内項である、というもの。

上代日本語は、対格・能格の未分化言語であった。そして、Forced Agreement languageなので、終止形文では、対格・能格のどちらをとっても主語はbare DPとして具現した。連体形文では、動詞が非定形なのでAgreementが起きない。そこで主語にガ・ノ格が生じることが必須。他動詞文については問題ないが、自動詞文では、bare DPがある。このbare DPは能格システムによって内項として具現しているもの。

(26) Hypothesis OJ-3.
Old Japanese is an arche-Case/case language.

3.3.4 Wh questions type 2: Bare-wh questions
疑問詞が無助詞の場合−黒田の勘定で約30例。「か」が付かないので、係り結びは起きず、述語は終止形、もしくは已然形である。明確に連体形になることはない。
(55) 終止形であることが明らかな例
(56) 述語が已然形である例

3.5 Relative clauses
主部内在関係節は平安時代以降に見られる(Kondo (1981, 2000))。(95)は万葉集に見られる例外である。
(89) 石見乃也 高角山之 木際従 我振袖乎 妹見都良武香
石見(いはみ)のや、高角山(たかつのやま)の、木(こ)の間(ま)より、我(わ)が振(ふ)る袖(そで)を、妹(いも)見つらむか
石見(いわみ)の高角山(たかつのやま)の木の間から私が振(ふ)る袖(そで)を、妻は見てくれたでしょうか。

(96) 石見尓有 高角山乃 木間従文 吾袂振乎 妹見監鴨
石見なる 高角山の 木の間ゆも わが袖振るを 妹見けむかも
いはみなる たかつのやまの このまゆも わがそでふるを いもみけむかも
石見の高角山の木の間を通して、私が袖を振っているのを 妻は見ただろうか

(97)の例 石垣(1951:25)から
(1) 新造寺乃官寺止可成波官寺止成賜夫
  新に造れる寺の官寺と成すべき(者)は官寺と成し賜ふ。